大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和57年(ワ)4751号 判決

原告

橋和良

右原告訴訟代理人

正木孝明

桜井健雄

被告

マキタ住宅建設株式会社破産管財人

平岡建樹

一、請負人が工事中途で破産した場合、破産法五九条二項の適用があるとされた事例

二、注文者から破産法五九条二項に基づく催告による解除がされた場合、これに伴う原状回復請求権は同法六〇条二項にいう財団債権となるとされた事例

(大阪地裁昭五七(ワ)第四七五一号、昭58.8.9第一一民事部判決、一部認容・控訴)

主文

一  被告は、原告に対し、金三四〇万円及びこれに対する昭和五七年六月二七日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その九を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判〈省略〉

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和五六年七月二二日破産者マキタ住宅建設株式会社(以下「破産会社」という。)との間で、原告が注文者となり、破産者が請負人になつて、別紙物件目録記載の土地上に一階鉄骨造、二階木造の事務所併用住宅を代金総額二〇〇〇万円で建築する旨の請負契約(以下「本件契約」という。)を締結した。

2  原告は、本件契約にもとづき請負代金の内金として、破産会社が破産宣告を受ける以前に次のとおり合計一六〇〇万円を支払つた。

昭和五六年七月二二日 五五〇万円

同年一〇月三日ごろ 九〇〇万円

同年一二月五日ごろ 一五〇万円

3  ところが、破産会社は、昭和五七年二月三日大阪地方裁判所において破産宣告を受け、被告が破産管財人に選任された。右破産宣告当時本件契約は、破産会社及び原告の双方が未だその履行を完了していなかつた。

4  そこで、原告は、被告に対し、昭和五七年二月二二日ころ到達した書面により、破産法五九条二項にもとづき、本件契約を解除するか否かの催告をなしたところ、被告は本件請負契約を解除する旨の確答をした。

5  破産会社は、破産宣告をうけた当時、本件契約にもとづく工事を六〇パーセント完成していた。

6  右工事の出来高は、総工事代金に右完成率を乗じた一二〇〇万円である。したがつて、原告が破産会社に対して支払つた請負代金の内金一六〇〇万円から右の一二〇〇万円を差引いた残額の四〇〇万円は、破産法六〇条二項の財団債権となる。

7  よつて、原告は、被告に対し、右財団債権四〇〇万円及びこれに対する本訴状送達の翌日である昭和五七年六月二七日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1のうち、請負代金額は否認するか、その余は認める。

請負代金額は、本工事代金額二〇〇〇万円、工事過程で生じる見込の追加、変更工事の引当金額一〇〇万円の合計二一〇〇万円であり、左記のとおり追加、変更工事がされ、その工事代金は一〇〇万円を超えている。

(一) 本件建物は山の斜面に建築されたが、一級建築士である原告のした設計では、山腹の傾斜に誤りがあつて、そのため基礎を二メートル高くする必要があり、そのように施工した。

(二) 当初の請負では一階部分には囲いをつけないことになつていたが、原告の希望で、追加工事として一階部分にも囲いをつくつた。

2  請求原因2のうち、内金支払日を否認し、その余は認める。

3  請求原因3は認める。

4  請求原因4のうち、原告から原告主張の催告がされたこと及び本件請負契約が現在解約されていることを認め、その余は否認する。

5  請求原告5、6は否認する。

三  初告の主張

1  被告は、昭和五七年二月四日被告の事務所で、同月一一日本件工事現場で原告と面談し、残工事の続行が不能であるので出来高により清算したい旨申出、原告はこれを了解した。そして、出来高清算の場合の出来高額はすでになされた工事自体の価値(本件の場合は一五七〇万円、乙第二号証)により算定すべきであり、契約金額に完成率を乗じて算出するべきではない。したがつて、本件で被告が原告に戻すべき金額は既受領代金一六〇〇万円から右一五七〇万円を差引いた三〇万円にすぎない。

2  請負契約に破産法五九条の適用がないことは学説の大多数の承認するところであり、破産法六二条は、注文者破産の場合の請負人または破産管財人の解除については破産法五九条二項を準用しながら、請負人破産の場合の注文者の催告権、解除権については触れていないことから明らかなように、請負契約については破産法五九条二項適用の余地はない。

3  かりに、右の適用があるとしても、注文者が取得する請求権が常に破産法六〇条二項により財団債権になるものではない。すなわち、同条の公平を図るという立法趣旨からすると、当事者双方が債務の一部を履行した段階において双務契約が解除され、その結果当事者双方が互いに原状回復義務を負担する場合にのみ、公平の見地から、相手方の原状回復請求権が財団債権になるものと解すべきである。ところで、請負契約が工事未完成の間に解約された場合は、その解約には遡及効がなく、将来に対してのみ効力を有し、当事者の関係は出来高により清算されるべきである。そして、このような出来高清算をしたうえ注文者がすでに支払つた工事代金の方が多いとしてその差額の請求(これは解除に伴う原状回復請求である。)をする場合は、注文者のみが原状回復請求権を有し、請負人(破産者)はこれを有しないから、本件は破産法六〇条二項が適用される場合に当らず、この原状回復請求権は財団債権ではなく、破産債権になると解すべきである。

4  かりに、原告の主張する請求権が財団債権になるとしても、右1のとおり、本件の出来高は一五七〇万円であるから、既払工事代金一六〇〇万円との差額は三〇万円にすぎない。

四  被告の主張に対する原告の反論

1  被告の主張1は否認する。

2被告の主張2ないし4は争う。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1のうち請負代金総額を除くその余の事実は、当事者に争いがない。

〈証拠〉によると、次の事実が認められる。

原告は、当初一階部分をアトリエとして、二階部分を居宅として完成させることを希望していたが、原告の予算と破産会社の見積額との間で不一致が生じたので、原告は、とりあえず二階部分を居宅として完成させて欲しい、一階部分は鉄骨のままでもよく予算的な余裕が生じたら一階部分をアトリエとして完成させて欲しい旨破産会社に申し出、破産会社はこれを了承した。そして、請負代金総額は、主として二階居宅部分を完成させる本工事代金額二〇〇〇万円、工事過程で生じる見込の追加、変更工事の引当金額一〇〇万円の合計二一〇〇万円とされた。着工後、原告の指示のもとに追加、変更工事として、基礎の鉄骨を長くし、階段をくの字形から螺旋形に変更し、足場を高くし、一階部分をアトリエとする等の工事がされた。その追加、変更工事の代金額は一〇〇万円を下るものではない。

以上の事実が認められる。右の事実に照らすと、請負代金額は、本工事代金二〇〇〇万円及び追加、変更工事額のうちの一〇〇万円合計二一〇〇万円であると認められる。

二請求原因2のうち支払日はともかくとして破産会社が破産宣告を受ける以前に請負代金として合計一六〇〇万円が支払われたこと、同3の事実は、いずれも当事者に争いがない。

三請求原因4のうち原告が被告に対し破産法五九条二項にもとづく催告の書面を発し、昭和五七年二月二二日ごろ右書面が被告に到達したことは当事者間に争いがない。

被告は、請負人破産の場合に破産法五九条が適用されないと主張するので案ずるに、たしかに、破産法六二条は注文者破産の場合の請負人または破産管財人の解除については破産法五九条二項を準用しながら、請負人破産の場合の解除については触れるところがない。しかし、そうであるからといつて、請負人破産の場合には破産法五九条の適用がないと考えるのは相当でない。破産法五九条は、双務契約が双方未履行の場合においては、一律に倒産前の双務契約の効力を承認、維持するのでなく、破産管財人においてもう一度契約関係を見直して有利な双務契約の効力を承認し不利なものについてはその拘束から免れることを可能にした規定である。そこでまず、請負人破産の場合は、請負人の義務が請負人の個人的な労務の提供を内容とする場合とそうでない場合とに区別して考える必要がある。前者の場合は、請負人が破産しても請負契約は個人的な関係であり、請負人が労務に従事することそれ自体は破産財団の管理または処分に属せず、その点に関する破産者の自由は妨げられないものとみるべきであり、したがつて、請負契約そのものは破産管財人に引き継がれることなく、破産外において破産者たる請負人と注文者との間に存続し仕事完成のときは報酬請求権は破産者の自由財産に属することになる。それゆえ、この場合には破産法五九条の適用はない。しかし、後者の場合は、個人的労務の提供が請負契約の要素ではなく、請負関係も一つの財産関係として破産財団に引き継がれることになるのであつて、この場合の処理は双方未履行の双務契約の一般原則である破産法五九条に従つて処理すべく、これを他と別異に処理すべき特別の理由は認められない。請負人が法人である本件の場合は、請負人の個人的な労務の提供は問題となることはないから、破産法五九条の適用を認めることができる。それゆえ、原告は注文者として破産法五九条二項による催告権を有するものである。この点に関する被告の主張は採用することができない。

原告は、被告は原告からの叙上催告に対して本件契約を解除する旨の確答をしたと主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。しかし、確答のない場合は催告で定められた相当の期間経過とともに解除されたものとみなされるところ、本件において右催告にいかなる期間が定められていたのか明らかではないが、被告においても当時本件契約は解除されていることを認めているから、本件契約は叙上催告の当時に解除されたものと認めるのが相当である。

四〈証拠〉によると、破産会社は破産宣告を受けた当時本件契約の工事を出来高割合では六〇パーセント完成していたことが認められ、したがつて、右工事の出来高は請負代金総額二一〇〇万円の六〇パーセントに当る一二六〇万円と認めるのが相当である。もつとも、〈証拠〉によると、右の際の工事費を本件契約時における通常の建築費により算出すると一五七〇万円になることが認められ、被告はこの金額が本件の出来高であると主張する。しかし、〈証拠〉によると、破産会社は、大手の建設会社などの手を通さず、直接注文者と契約する方式をとつてなるべく経費をかけないで請負をしていたものであつて、本件契約における請負金額も通常の価格より低く押えられていたものであることが認められる。そうであるから、通常の建築費により算出された出来高の価値が当然に本件工事の出来高になるものではない。工事というものは一〇〇パーセント完成しなければ本来の価値を発揮しえないものであるから、原則としては、総工事代金に出来高割合を乗じた金額を当該工事の出来高とみるのが、請負契約の趣旨に合致し、かつ、公平であると認められる。それゆえ、被告の右主張は採用できない。

五被告は、原、被告は出来高清算の合意をし、その出来高は一五七〇万円(乙第二号証)であると主張するが、右合意を認めるに足りる証拠はない。

六以上の事実によると、既払代金額一六〇〇万円から出来高一二六〇万円を減じた三四〇万円が「破産者ノ受ケタル反対給付」(破産法六〇条二項)に当るというべく、右条項により原告はその価額三四〇万円につき財団債権者としてその権利を行うことができる。

この点につき、被告は、本件のごとく注文者のみが原状回復請求権を有し、請負人(破産者)はこれを有しない場合には、注文者の有する原状回復請求権は財団債権にならないと主張する。思うに、破産法は、前叙のとおり、双務契約において双方の債務が未履行の場合には破産管財人に契約の効力を維持するか否かの自由選択の余地を与える(五九条)と同時に、破産管財人が履行を選択したときは、相手方の有する債権全部を財団債権として保護している(四七条七号)か、これとの均衡上、破産管財人が解除を選択した場合においても、相手方がすでに一部の履行をしているときはその給付目的物が破産財団中に現存するときはその返還請求ができ、現存しないときはその価額につき財団債権としてその権利を行使しうることにしたのである(六〇条二項)。すなわち、もし後者の定めがなければ、破産管財人が契約の履行を選択するか契約の解除を選択するかという当事者の一方の全く任意の選択により相手方の債権全部が財団債権となるか通常の破産債権となるかという大きな差異が生じることになつてはなはだしく均衡を失する結果を生じるか、もともと右の選択制度は破産財団の利益のために認められたものであることに照らすと、その選択の結果により相手方に著しい不均衡を与えるような結果を生じるのは、法の制度としては容認しがたいところと考えられる。そこで、法は、解除が選択された場合における相手方の原状回復請求権を財団債権として保護したものとみるのが相当である。それゆえ、被告の主張は採用することができない。

七以上のとおりであつて、原告の請求は三四〇万円及びこれに対する訴状送達の翌日であることが記録上明らかである昭和五七年六月二七日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余を棄却すべく、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文に従い、仮執行の宣言はこれを付さないのを相当と認めて、主文のとおり判決する。 (川口冨男)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例